Wait and Bleed

今回はミニ四駆とは特に関係ないし、こんなものは誰も書かない内容なので、普通はスキップ推奨です。 匿名性は民主主義では無いのではないか?という問いかけは多い。民主主義の正義は言うまでもなく多数決ゲームだが、匿名性の下ではその評価や有効性が断定しづらく、どちらかと言えば実態が伴わない場合が多い。(俗に言うBUZZる。) こういった場合こそ経験的に原理主義が選択され、精神性や合理性の主張によって大衆を誘導するパターンになるのだが、間違った原理は正義を全うできないどころか、破滅を手繰り寄せるだろうというのが、例えば秋葉原無差別殺人事件といった事の顛末である。 たった今でも過激派は多く、これは恐らく私も含まれるが、こうしてあたかも自然に表面上は民主主義を装い、裏では原理主義を操るというのが現代性を紐解くキーワードだと断定してみよう。しかもこれはスタンダードであり、特別扱いは不要である。 先日のゲームの話などは、民主主義の旗の下と原理主義の執行という話に他ならない。 原理は大抵の場合、柔軟性に乏しくて曲がらない物であるからだというのが、例えば匿名掲示板での説得が難しい理由にあたるが、匿名性の下では民主主義は信用されず、数は問題では無くなる。 原理そのものを更に強い原理によって覆さない限り止まる事は無いが、時に覆されるくらいなら破滅を選ぶという決意まであるのが原理主義の悲劇だろう。 民主主義の面を被り、原理主義を操ったならば、更に上手く双方のバランスをとる分析監視役が、すなわち3つ目のモードが必要となってくるが、3モード成立はむしろチームでは不可能だ。前述の通り、原理主義は基本的に聞く耳を持たないからである。 大抵の場合は諦めるか、自己矛盾を抱えて支離滅裂となるか...。もっぱら前者を大人と呼び、後者を子供と呼ぶ事が多いが、もちろん誤りである。 唯一有効なのは1人で全てを行ってしまう事であるが、全体主義(独裁)をギリギリで回避しなければならないというおまけがつく。実際これが非常に難しいのはツールそのものが全体を見渡す物であるからだ。 1人3役では表面上は穏やかを装うが、穏やかさとは程遠い。支離滅裂寸前で彷徨うサバイバルゲームに常時足を踏み入れる事になる。 そんな事は感情的な人間よりもAIの方がよっぽど適任かもしれない。 皮肉だが、実に厄介なものだ。

2021/02/24 00:12:55

MACHINE

EVENT

CIRCUIT

TAG

COMMENT

pagetop